気まぐれ日記 2026年1月
2025年12月はここ
1月1日(木)「ワイフの実家で迎えた元旦・・・の風さん」
穏やかな元旦。ふとんをたたみ、窓を開けてもちっとも寒くない。大きな自然災害のニュースも入って来なかったので、ありがたい年明けだと思った。何とか平和な世の中になってほしい。
名古屋から長女だけがやって来たので、岡崎駅まで迎えに行った。送迎のクルマが多く、皆、さまざまな新年を迎えるのだなと思う。
ワイフがいつも通りのお節と雑煮を作ってくれた。私や長女にとっては、生まれてからずっと慣れ親しんだ料理だが、長野県で生まれ、当地で家庭を持った義母にとっては珍しいと思う。美味しい美味しいと言ってくれたが、東京風は口に合わないかもしれない。それでも、これからは家族としての一体感を味わってほしいと思う。
これまたいつものように、長女が彼女のおばあちゃんのためにゲームを用意して、楽しい時間を過ごした。初めてのパズルもあって、私もムキになって挑戦した。
夕方、長女は名古屋へ帰って行った。今度はワイフが送った。
夕食時、義母の子ども時代のことを聞いた。本人は忘れちゃったと力説するが、細部や正確さはどうでもいいだろう。今夜の大発見は、義母の生まれた土地と私が生まれた土地が、案外近そうということだ(隣接した県である)。今度もし近くへ行くことがあれば、義母の生まれた土地を訪ねてみたいと思った。
なかなか我が家に来ようとしない義母だが、今度はサラちゃんに会いに来てと言いながら、ワイフと実家を後にした。
1泊という短い滞在だったが、義母の暮らしぶりをあらためて知り、今後やることが多いなと感じた。有意義な時間だった。
1月2日(金)「我が家で年明け・・・の風さん」
自宅での新年の幕開け。お節を肴に、日本酒「風の盆」をいただいた。妹夫婦からもらった富山のお酒らしい。最近はめったにお酒は飲まないので、おちょこ数杯で酔いが回る。子どもが次々に生まれて(笑)、平和な未来を想像した。それは、子どもたちがそれぞれ独立していて、我が家は老夫婦だけの生活というもの。健康であれば、そういった未来が訪れると思い、心の片隅ではよく想像していた。それが今、現実のものとなった。ちょっと早いのだが(なぜかと言うと、私の両親が今の私たち夫婦の年齢だったころは、私は家族とペットを連れて、年末年始を含めて連休中は帰省していたからだ)。
例年のように出さなくて届いた年賀状の相手用に年賀状を追加印刷した。
そうこうしている間に、フリマに出してあったソフトが売れたので、発送準備をした。
夕方が近付いてきたので、ワイフと、これも恒例になっている近所の神社に初詣に行った。昨日までの穏やかな天気ではなく、風もあるし、気温も低い。神社の石段を登るのが年々きつくなるのが情けない。やはりウォーキングやスクワットは必要だ。ようやく決心して20年以上前の破魔矢を納めた。これで願いをし続けるのは、ちょっと欲張りだと反省したからでもある(笑)。
帰りにコンビニからフリマ出品を発送し、追加印刷した年賀状を投函し、自宅のある団地の坂を息をあえがせて登った。
豆を挽いてコーヒーを淹れ、ぜいたくな平和を実感する。
晩御飯後、義母のところへ来た年賀状のお返しの年賀状を印刷し、その後は、疲れてしまったので、また映画を観た。リーアム・ニーソンの「MEMORY メモリー」だ。70歳の殺し屋だった。どうやら彼のはまり役らしい(笑)。
1月3日(土)「今夜もリーアム・ニーソン・・・の風さん」
昨日よりいくらか天気は落ち着いた。正月のせいかメルカリ出品が売れた。発送準備をし、ついでにクイズの応募を昨年余った年賀状で書いて、両方持って、歩いて投函してきた。近所の公園で遊んでいる子どもたちが「こんにちは」と声をかけてくれた。何て平和なひとときだろう(米国の軍事作戦とは名ばかりの戦争行為はもちろん知っているし、怒っている)。
毎年、年賀状が届くのは、元日と一日はさんだ今日3日である。ある程度そろったところで、住所録をまとめて更新した。重要なのは、ケータイ番号とメールアドレスである。いざという時にすばやく連絡できるのは、これらだ。年賀状の往来が途絶えても、これらを控えておけば安心だ。
昨年より年賀状じまいの通知は減った。しかし、一方的な宣言ではなく、ちゃんと「これからはメールで」と書いて、メアドも明記してある。昨年までの宣言にはそれのないのが多く、長年の交流を破棄するような態度に眉をしかめることが多かった。ITの普及した時代だから、年賀状というか年賀の通知も、メールやメッセージに移行していくだろう。それをふまえた年賀状じまいでなければ、終活などと同様に、単なる流行に乗っただけとしか思えない。
就寝前に、また疲労感から映画を観てしまった。リーアム・ニーソンの「バッド・デイ・ドライブ」である。よくあるサスペンスの設定だが、ちゃんと人間ドラマとくに家族のドラマになっていて好感がもてた。面白いストーリーについ目が向きがちだが、人間を描かなければ、リアリティのないその場限りのエンタメで終わってしまう。
1月4日(日)「そろそろ日常復帰・・・の風さん」
そろそろ日常に戻ってもよいころだろう。しかし、冬らしい寒さで、外は風も吹いているので、ウォーキングはやめておこう。その代わり、起床後のストレッチをフルメニュー近くやった。右肩の痛みがいくらかとれてきた。かつて四十肩を回避するためにしたことが、老齢となっても効果をあげる。動かさなければ、どんどん錆びついていくだけだ。
日常に戻るために、久しぶりにフェイスブックにアップすることにした。ワイフの実家の近くの初詣のときの動画を使うことにした。前半部分だけにしたかったので、以前入手した動画編集のフリーソフトを使おうとしたら、無料期間の期限切れ。あらためてインストールして再トライしようとしたら、その機能は有料だという。さすがビジネスの世界は抜け目ない。断念し、既存のソフトを駆使して、何とか動画を短く編集した。こういった操作はゲーム感覚で楽しいが、時間がないとできない。
明日から世の中は稼働再開するだろうと思い、昨年末が締め切りだった原稿に再着手した。近畿和算ゼミの重鎮で、昨年急逝された小寺裕先生の追悼文である。昨年書き始めたとき、なぜか不調で、筆が進まなかった。ちょっと不安だったが、今日はすらすら書けた。編集担当の先生へメールで送ったら、まもなく返信があった。正月でも仕事されているようだ。
義母のデイケアセンター通いも明日から始まるので、ちゃんと行けるようにサポートするため、ワイフは午後実家へ向かった。泊まり込みで、早朝から準備をサポートするのである。
私はサラちゃんと留守番。早めに就寝しようと思っていたが、超古いソフト2本が執筆マシンで使えるか確かめたくなり、はまった(笑)。1本目はだめだったが、2本目は使えることがわかった。これは収穫。だが、就寝は午前2時になってしまった。
1月5日(月)「昼寝しちゃダメ・・・の風さん」
朝からどんよりした空模様。しかし、気温は高そうだ。風も弱い。ウォーキングに行けるかも。
ストレッチをしっかりやって、朝食はもう昼まであまり時間がないので、カフェオレとみかん1個。みかんは毎年地元に方からたくさんいただくので、ありがたく1個ずつ食べる。
昼食は寄せ鍋の残りにラーメンを入れて食べた。インスタントラーメンみたいにすぐ柔らかくならない。具がたくさん入った形になったので満腹になってしまい、その後、リビングのソファでダウン。サラちゃんもハウスで昼寝中。留守番チームは仲が良い(笑)。
午後の時間がなくなってしまったので、ウォーキングは中止した。が、屋外へまったく出ないのは良くないので、外の物入れの中の噴霧器をきちんと片付けた。梅の開花が過ぎたらすぐアブラムシ対策で使う。物入れの近くにザクロの木がある。一度たくさん実が成った年があった。ワイフが収穫を待ち望んでいたら、どろぼうが裏の土地を突っ切って侵入し、すべて奪い去られた。その後は、元のように一つ二つしか実が成らない。梅の世話ができるようになったら、次はザクロかも。実が成るのはやはり楽しい。
たまっていたメールにいくつか返信したが、時間がかかるんだよね〜。
昨日インストール不能だった超古いソフトを、試しにWindows8.1マシンにトライしてみたが、ダメだった。これで諦めがついた(笑)。
1月6日(火)「今年最初の花粉症・・・の風さん」
昨日に続いてストレッチをしっかりやったところまでは良かったが、その後、徐々に体調が悪化。今年最初の花粉症だ。今朝、未明に寒くて目が覚めた。その後、再び眠りに落ちたが、調子が狂ったことに変わりはない。発熱はなさそうなので、風邪はひかなかったと思う。
来週、サンルームの日焼けしたフローリングを塗装することにしている。今週やりたかったが、ニスの発注が遅れた。ワイフの主張に従って、ニスを塗ることにした。色は、現状に近いメープルだ。仕上げにクリヤ塗装するつもりで、小屋にあるスプレーをチェックしたら油性だった。発注したニスは水性である。この組み合わせで良いのだろうか。
AIに質問してみたら、水性のニスの上には水性のクリヤ塗装が常識とのこと。そこで、急遽、水性の塗料を発注した。同じメーカー品だ。同じメーカー品で組み合わせることも、AIは推奨していた。こういった相談事は、チャットよりも詳しい回答が出て来るので便利だ。
午後からどんどん体調が悪化した。クリニックでもらった薬を服用したが、もっと早く対策すべきだった。花粉症は大学生時代以来で、年季が入っている。今年、何とかしたい持病に一つだ。
晩御飯後は何もできなくなり、さっさと風呂に入って就寝することにした。
Amazonに発注したニスなどが、宅配ボックスに届いていた。ちゃんと鍵もかかっていて、便利な世の中だと思ったが、とにかくもう寝るぞ。
1月7日(水)「のろまの風さん・・・の風さん」
午前中に床屋へ行った。社会人になってから40年以上通っていた床屋がリニューアルして不便になったため、止むを得ず近所の床屋に変更したのだが、マスターの腕がいいので満足している。そして、何と言っても近さだ。以前は、片道1時間ではたどり着けず、現在は、予約の10分前にゆるゆると出発の準備を始めても楽勝だ。
今日は、「年末年始、マイカーで旅行に行ったりしないのですか」というマスターの質問に、「仕事で出かけるときに運転を楽しむことしかできない」と答えたところから、最近の設備調査の話題になり、それだけで散髪は終わった(笑)。何をやるにも徹底しているから、話が長くなる。困った性格だが、だからこそ、研究や創造に向いているのだろう。レベルはともかく。
昼食後、たまっているメールに返信を始めたら、5通送信したところで、早、夕方のコーヒータイムになってしまった。ワイフのトール教室が始まったので、豆から挽いて淹れるコーヒーを飲む機会は、今後ぐっと減るだろう。
何をやってものろい私だが、やれる限りやり続けないと、残務の山は増えるだけだ。昨年やりたかった、通帳の記載内容を家計簿(私の事業収支記録を兼ねる)に転記した。が、半年分やったところで、中断。残りは明日だ。
サンルームのフローリングの修繕塗装は、ワイフの要望で月末へ変更した。
1月8日(木)「終日雑務の山崩し・・・の風さん」
6日に花粉症になってから、朝晩、クリニックの処方薬を飲んで予防している。Coalition Government のパートナーが持ち出した、市販薬でも類似のものが買えるなら、医師の処方で安く提供する必要はない、という政策が法制化されると、花粉症の場合、アレグラが対象になりそうだ。私が処方してもらっているのは、アレグラよりもう少し強力な薬だが、はたして対象になってしまうのか、ちょっと心配だ。
今日は晴れそうだが、風がある。必須の屋外作業がないのは、昨年末にがんばった結果だ。しかし、屋内の雑務は膨大にある。それがストレスになっているのは、老体にはつらいことだ。今日は、気合を入れて、雑務の山崩しをしてみる。
午前中、 hairdye を強行しながら、私が加入している文美国保への補助金申請書類を用意した。
昼食後、寒い中、歩いて投函に行った。
サラちゃんのケージ内にある自動給餌機についたカメラで動画撮影ができたので、久しぶりにインスタにたくさんアップした。このサラちゃんインスタは、鳴海風のPR用SNSである。
昨日に続いて、通帳の記載内容をPC上の家計簿に転記した。2日間でかなりの分量を記入できた。あと、クレジットカードの引き落とし関連を記入すれば、転記作業としては大半が終了することになる。
この時期に集中してやるつもりが、ちょっと頓挫していた、メルカリ出品とYahoo!フリマ出品を強行した。商品の撮影を伴うので、気合が必要だ(笑)。
雑務の山をかなり崩した1日だったが、あまり気分的に楽になったとは言えない。やはり、執筆関連をやらねば・・・。
1月9日(金)「執筆マシンのバックアップの準備・・・の風さん」
早、週末。午前中、ATM巡りをして帰宅したら、メルカリ出品が売れていた。
昼食後、発送準備をして、コンビニへ行き、宅急便で発送した。60サイズになるので、純利益はわずかだ。まあ、身辺整理の一環なので問題なし。
ワイフは朝からめったにない体調不良で、午後はぐったりしていたが、私は2度の外出で疲れてしまい、夕方まで気合が入らなかった。
執筆マシンを中心とする、データのバックアップは、外付けのSSDに入れてある。容量は1TBだが、いつのまにか満杯に近くなってしまった。そこで、もう一つ500GBの外付けSSDにも分散させることにした。基本は、古いデータである。1TB のSSDに空きが増えた段階で、バックアップソフトを使うことにしている。このソフトが、先日使えるか確認した超古いソフトだ。購入時点では、Windows 2000,Xp,Vista対応だったが、何とWindows 11の執筆マシンでも使えたのである。ラッキーとした言いようがない。貧乏人には福音だ(笑)。
そもそも執筆マシンが昨年から、ごくたまに、エラーでシャットダウンしてしまうようになった。それで、バックアップをこまめに取るようにしているのだが、せっかく使えるソフトがあるのなら、しっかりバックアップをとりたい。
ところが、PCの作業は、テキパキとはできない。データの移行作業がのろくて、どんどん深夜に及んだ。
せっかくなので、最後に風呂掃除をして就寝モードに突入した。
1月10日(土)「バックアップのファースト・トライは失敗・・・の風さん」
3連休で長女が里帰りする予定だったが、体調不良で中止になった。ワイフと二人で心配しているが、どうしようもないか・・・と思っていたら、逆にこちらから出かける案が浮かんだ。明日、長女の体調がいくらか回復すれば、出かけて行こう。
運よく入手できたポイントで、室内用のセンサーライトを発注し、今日届いた。夜、寝室に入る時、入口付近が真っ暗になるため、あらかじめ奥の方を調光で少し明るくしておく必要があった。センサーライトを設置すれば、それが不要になるので、一種の改善である。天井取付タイプで、ちょっと工事が必要だったが、この程度のことには慣れている。道具もそろっている。あっという間に完了した。充電したセンサーライトを設置して、試してみると、非常に良い。期待以上だった。やはりポイ活は貧乏人には重要だ(笑)。
バックアップソフトを使った結果だが、失敗した。かなり空き容量を増やしたのだが、どうやら外付けSSDの容量に余裕がないみたいだ。空きが400GBあっても400GB近いデータは入らない。どうするか、再考が必要だ。
2回に分けて「エイリアン4」を観てしまった。初めて観た「エイリアン」は学生のころか、社会人になってすぐだったろう。恐怖映画としての衝撃はあったが、あらためて観ても恐怖の度合いは低下しているし、ドラマはほとんどない。それより驚いたのは、主役のシガニー・ウィーバーが、私より4つも年上だったことだ。冷静に振り返れば変ではない。近年はあまり映画に出ていないようだ。リーアム・ニーソンのように活躍してほしい。
1月11日(日)「バックアップの再トライは成功・・・の風さん」
強風が吹き荒れる音で眠りを妨げられた。起床してから、自前のフェンスをサンルームから眺めたけれど、異常はなさそうだった。できる限りの補強はしてあるので、今朝くらいの強風は平気だろう。まだスーパー台風の洗礼は受けていないので、それがあるまで安心はできない。
体調不良の長女は回復したらしいが、油断できないとのことで、こちらから出かけるのもとりあえず中止。月末に、里帰りしたいとのことだった。
毎日ストレッチを励んでいるけれども、1週間に1回はお休みにしている。日曜日のことが多い。それで、今日はお休み。
バックアップソフトによるバックアップの再トライをした。外付けSSDの空き容量をさらに増やし、バックアップするデータ量も格段に減らしてみた。うまく行った。次に試すのは、執筆マシンをしばらく使って、データの内容が変わった状態での再バックアップだ。変更分というか増分だけのバックアップという機能があるので、それが使えるか確認である。
現在はもっと優れたバックアップソフトが販売されているだろう。基本的なことができれば、この超古いソフトで当面使用していく。超古いソフトはフリマに出品することになろう。
現在、メルカリとYahoo!フリマを使い分けて、身辺整理をしている。値下げして、それでも長期間売れなければ、世の中のニーズがないと諦めがつく。そのときは、丁重に処分することになる。
1月12日(月)「忘れていた感覚・・・の風さん」
たっぷり寝て起きたおかげか、ストレッチをしていて、やけに体調が良く感じる。疲労がすっかりとれている感じ。かつて、現役の会社員時代、バリバリ仕事をしていた頃の感覚だ。月曜から金曜まで、こういった感じで起床し、突っ走っていた。当時は毎日睡眠不足だったが、週末に一気に挽回していた。忘れていた感覚だ。
ルーチン後、雑務をせずに、執筆に取り組んだ。児童書のプロットの改訂である。頭の中にイメージはあるので、それに沿って改訂しようと思った。
ところが、冒頭と言うか、書き出しの部分で、最初から確認事項があった。イメージと史実が整合するかである。自前の年表をチェックすると、前後が逆になっている。何とかならないか、史料を詳細に点検することにした。
約2時間、集中して調べてしまった。結果、体力の激しい消耗。
史実は明らかになったが、それを前提にした書き出しで良いのか、ややインパクトが減ってしまうのが気になった。
その後は、雑務を片付けておくことにした。
起床時の元気さは貴重な感覚だったが、今日はちゃんと仕事したと言えるだろうか。明日以降も元気さが続くのだろうか。
1月13日(火)「今日は外回り・・・の風さん」
いつもより早起きし、キャメロンで外出。来週、ちょっとした病気で入院して手術を受けるので、その事前説明を聞きに行った。地域の大きな総合病院である。昨年オープンしたばかりなので、ナビで探索できない。前回行ったとき、地点登録しておいた。そのおかげで、今日はちゃんとたどり着けたし、場所の感覚も身に着いた。
大きな病院で、事務的なことは分業専任化されている。つまり、受診する診療科ではなく、総合受付のようなところですべて処理される。最後に看護師との面談があったが、受診科ではない。病気に関する知識や経験は私の方が豊富な感じがした(笑)。それでも、いくつかの懸念点が確認できて良かった。
帰りにGSに寄って灯油を購入したが、レギュラーガソリンの価格が138円/Lとまた下がっていた。今回は暫定税率の廃止の影響ではなく、世界的な原油安の効果だ。ここのGSの灯油価格は1年前から安定している。ガソリン価格ですべてを調整しているのだろう。
帰宅し、昼食後、またキャメロンで外出。ホームセンターからドラッグストアと、今年最初のまとめ買いをした。屋内外の雑務も一気にやったので、少し気が楽になった。
晩御飯後は昼間の疲れが出て、またリーアム・ニーソンの映画を観た。「ファイナル・プラン(原題はHonest Theif)」だ。面白かったし収穫があった。当たり前のことで、悪役の必要性だ。まともな物語の児童書と言えど、そういった役割は必要だ。
1月14日(水)「ポモドーロテクニックのあとは朗報・・・の風さん」
フルではないが、ストレッチがちゃんとやれるのは体調が良い証拠だろう。肩の痛みが完全になくなれば、自前のぶら下がりや腕立て伏せが復活する。あと少しかもしれない。楽しみだ。
ルーチンを終えたところで、雑務に着手するのはやめて、執筆に取り掛かった。時間がとれるので、久しぶりにポモドーロテクニックを利用することにした。25分間集中して5分間の休憩を繰り返す手法だ。私は癖で2〜3時間くらいぶっ通しで仕事してしまう(若い頃、会社では、出勤してから退社までほとんど休みなく働いていたが)。こうなると、いったん休憩したあと、疲労感で次が続かなくなるのだ。ポモドーロテクニックは、私を普通の人間の働き方にコントロールしてくれる。
晩ご飯まで順調に仕事が進んだので、就寝前は雑務の山崩しに取り掛かった。これが意外と時間がかかる。そうか。そうだったのか。身辺整理ぐらいのつもりで雑務を片付けていたけれど、老体にはけっこうな負荷だったらしい。
某出版社に働きかけていた結果が出た。最初の契約にはなかった電子書籍化が社内承認されたという。似た結果はここ数年で何度かあり、通算で言えば3回目くらいになる。電子書籍化は、ある意味で、絶版が避けられたような効果がある。絶版になると、古書の流通価格が跳ね上がって、欲しい人の手に渡らなくなるし、著者である私の名前も検索で引っ掛かる確率が低下する。とにかく目出度い。担当編集者の努力に感謝感謝である。
1月15日(木)「今日もポモドーロテクニック・・・の風さん」
今日もポモドーロテクニックで仕事をした。やはり25分間集中、5分間休憩の繰り返しは効率が上がる。若い時はおそらくこういったペースでなくても、それなりに(強引に)仕事ができたのだと思う。しかし今は違うのだ。
晩御飯後は、5分間休憩が長くなっても可として、雑務の山崩しを入れた。
明日、愛知県図書館から借りた本の返却期限だ。新たに1冊借りる必要が生じているので、またキャメロンで名古屋まで行く。こうなると、せっかくだからもう少し借りようと、関連資料をチェックし、4冊の候補を出した。明日は1冊持参し、それを延長すると共に新たに5冊借りることになる。新たな5冊を読んで欲しくならなければいいが(笑)。
かなり集中して仕事をした1日が暮れた。しかし、このペースで満足してはいけない。なぜなら、これでも、まるで余裕なんてできないからだ。おかしい。やることが多過ぎる。
1月16日(金)「県図書往復・・・の風さん」
睡眠不足にならないように、いつも通りに起床。ストレッチ、朝食後、キャメロンで出発。空は真っ青で、気温も高いぞ。
愛知県図書館まで、一般道で50km弱ある。天気が好いせいか、キャメロンの後輪のショックアブソーバーがギシギシ言わない。3月の12か月点検で交換できるとよいのだが、資金がなあ(笑)。
県図書に到着し、駐車場にとめてから慣れた行動で、テキパキ。借りる予定の5冊を検索してプリント。3冊は書庫(閉架)から出してもらうように依頼。2冊は、3階と4階の開架で探した。どちらも比較的容易に見つかった。1階におりて、トイレに寄ったあと、カウンターへ行ったら、書庫から3冊がもう出ていた。継続の1冊と新規の5冊を手続きし、駐車券の精算も無料(30分以内)で済み、外へ出た。我ながら仕事の速さに満足した。
帰りにGSで灯油を買い、満タン給油もした。さらにJAのATMにも寄って帰宅。昼食後、相変わらず天気が好くて暖かなので、灯油を屋外タンクに補充した。来週、入院して手術を受けるので、留守宅の暖房はひと安心だ。
夜8時から30分だけのZOOM打ち合わせがあった。接続状態が悪くて、すぐにiPhoneに切り替えたが同じだった。4月にオンラインセミナーが予定されている。事前のチェックが重要だと思った。
県図書から借りた本のうち、MUSTだった1冊をざっと眺めたが、目的の記述はなく、関連する記述には間違いもあり、これは成果なしという結論だ。残念。
1月17日(土)「調子に乗って雑務・・・の風さん」
昨日の元気さで今日も乗り切ろうと起床。
来週は入院して不在になるので、ちょっと雑務をしておこう、と浴室のカーテンレールの金具を外した。かつてネットで発見して購入したお洒落な品物だが、メッキ品なので、少し錆びてきた。天気も好いので、外で、アクリルのクリア塗装をした。2回塗装。これで使用の寿命が延びる。
たいていの品物のストックがあるのが、私の特徴だが、昨今金欠病なので、ないことが増えた。コンビニまでキャメロンで走って、レターパックプラスを購入してきた。知り合いの先生に拙著を送っておく。これも入院前にしておきたかった。
レターパックを投函ついでに散歩もした。蓮池のあるところまで行った。枯れた残骸がたくさんあり、昨年は咲いたようだ(見逃していた)。今年はウォーキングの機会が増えるはずなので、蓮も見られるだろう。ウシガエルの合唱とコラボするところが見られたら最高だ。
県図書から借りた本の中から、新たに2冊をピックアップして、内容をざっと見た。欲しかった情報がてんこ盛りだ。病気の所有欲が首をもたげてきた。ネットで古本の値段をチェックしたら、2冊とも安価だった。半分ポイントを使って、発注してしまった。今後、2冊をはるかに超える冊数の本をメルカリやYahoo!のフリマに出品しなければならない(笑)。
1月18日(日)「次回は武勇伝?・・・の風さん」
普通に起床し、午前中は風呂掃除をした。退院後、長女が里帰りする前に、最悪、私が風呂掃除できない状態だとまずいので、先にユニットバス分解掃除をしておき、次はワイフでも掃除できるようにしておいたのだ。ユニットバスを分解しての風呂掃除は、ちょっと力仕事になるからだ。
これで安心できたので、午後から、児童書の続きに取り掛かった。
年明けに、児童書の原稿について、出版社とZOOM打ち合わせをしようと話し合っていた。
夜になり、打ち合わせための作品に近いプロットの完成が月末になりそうだったので、ZOOM打ち合わせを2月初めくらいにやりたいとメールした。この連絡ができたので、またひと安心できた。
明日から入院するにあたり、準備するものが色々とある。ワイフにも手伝ってもらって、そちらもほぼ完了した。
今回の入院手術は、命にかかわるような病気が原因ではない。生活の質を改善するため、自主的に申し出たものである。ある意味チャレンジ的な要素もあり、学生時代からお化け屋敷が好きだった私には、一種の肝試しでもある(笑)。
次回の気まぐれ日記は退院後にするので、アップするのは、早くても21日、普通で22日だろう。
武勇伝を書けることを期待してくださいm(_ _)m。
1月19日(月)「入院・・・の風さん」
人生通算9回目の手術、しかもほとんどが自分からの意思と提案によるもので、今回もそれなのに、昨夜はなかなか寝られなかった。
こういった自分はいつから始まったのか、どんどんさかのぼって考えていた。
そうすると、事例はいくらでも思い出された。
何か問題や課題が目の前に現れたとき、解決する手段として、逃げることは真っ先に排除、選択肢としても勇気の要るものを優先的に選んできたのだ。子どものころから何かにつけて臆病だった自分とオサラバしたくて、それが積もり積もった結果、私の人生になったことを延々と再認識していたわけだ。
寝不足のまま起床。
ワイフを付き添いに、地域で最大規模(病床数約500)の病院へアクアで向かった。
ワイフは、友人から聞いていた、昨年リニューアルオープンした評判の病院を間近に見て喜んでいた。
午前中に入院手続きは終わり、ワイフは帰宅した。
病院の昼食を食べたあとは、明日の手術へ向けて、着々とメニューが消化されていったが、自由な時間が多くあり、持参した本(県図書から借りた)を1冊読み終えた。
一回が約600kcalの病院食の味は、美食家には耐えられないものかもしれないが、私は気にならないし、完食を心がけている。それこそ飯粒ひとつ残さない。
1月20日(火)「モーツァルトを聴きながら・・・の風さん」
昨夜も寝れなかった。
消灯は9時、4人の大部屋である。昨夜寝不足でも、就寝時刻が早過ぎる。4人部屋を恐れてはいなかったが、その部屋より周囲が騒々しい。わめいている患者がいる。頻繁にナースコールする患者がいる(本当にいるんだ)。救急車の音もよく聞こえる。あれこれと雑念が頭をよぎる。
6時起床で、また寝不足。今日の手術のため、午前0時から絶食だった。
手術室はたくさんあるが、私は4人の中の3番目で、開始予定は12時とのことだった。
今回の手術は、脊髄注射による下半身麻酔で、私は通算4回目だから、プロセスはだいたい分かる。手術中意識があって、特に色々な声が耳に入ってくるのが、あまりうれしくない。けれど、医師たちの会話は専門用語ばかりで判読不能なことも知っている。そこで今回は、手術室で音楽を流してもらうことに決めた。
手術開始は1時間半くらい遅れた。
「何を流します?」「イージーリスニングかクラシックを」「モーツァルトはどうでしょう?」「いいですね」
CDは「アイネクライネナハトムジーク(夜想曲)」から始まった。軽快な曲で心で浮き立つ。
モーツァルトを聴きながら、手術は快適な時間として過ぎていった。
CDは2回目の演奏になっていた。
終わると、主治医は病室まで私の乗ったベッドを運んでくれて深く感動した。その後、主治医は自宅のワイフまで、手術が無事終わったことを電話で報告までしてくれた。
主治医の腕が抜き出ていたことと、比較的麻酔がよく効いていたので、その後、下半身に苦痛はほとんどなかった。
しかし、翌朝まで安静ということで、ベッド内で動けず、腰から背中にかけて激しく痛くなり、また眠れぬ夜が始まった。
深夜、看護師が気の毒がり、痛み止めをくれたので、少し楽になり、うつらうつらできた。
1月21日(水)「活動再開・・・の風さん」
6時前から起きていた。
相変わらず腰から背中にかけて痛く、絶食と安静が解除される7時半の朝食が待ち遠しかった。回診でカテーテルを抜いてもらい、点滴も終わって歩けるようになりたかった。
朝食時、1日ぶりに体を起こすと、案の定、腰と背中の痛みが急激に消えていった。寝たきりにはなりたくないものである。
昼前には歩き回れるようになり、病院内のコンビニへ買い物(紙パンツ)にも行ったが、昨夜の寒さのせいか微熱があり、頭痛もしたので、読書には手がつかなかった。私の微熱は手術後の普通の症状だと看護師は判断しているらしく特に気にもかけていないようだったが、できれば読書したい私は、こっそり頭痛薬をバッグから取り出して服用した(笑)。
3時にシャワーを浴びてから、だいぶ気分も良くなった。熱も下がった。
ワイフも様子を見に来てくれ、オヤツの差し入れがあったので、不謹慎なピクニック状態だった。
(病室から眺めた夜景)
ワイフが帰ってからは読書と世界情勢の情報入手に注力した。
就寝の9時になってからはちゃんと消灯し、寝たフリをしながら、ずっと起きていた。最後はiPadminiで気まぐれ日記の下書きを書いた。キーボードでないのでイライラするが仕方ない。
午前零時過ぎに、そろそろいいかなと就寝モードに入った。ところが、消灯前に飲んだコーヒー類が効いてきたのか、2度もトイレに行くハメに。手術とカテーテルの影響で尿漏れがある。今はあまり気にしない。問題はじきに治るかだ。
1月22日(木)「退院・・・の風さん」
起床時刻の6時が近付くころ、もう目が覚めてしまった。退院できる喜びから、気持ちが高ぶっているのかもしれない。
しかし、就寝時刻が普通の生活に近かったので、睡眠不足は間違いない。もう少し寝ておこうと思っていたら、7時を回ってしまった。今日はとにかくてきぱきとやらないといけない。だらだらやっていると、病院に迷惑をかける。
(病室から眺めた夜明け)
朝食前にしておくことが終わらないうちに、朝食が運ばれてきてしまった。朝食は7時半である。それでも、いつものように完食。
続けて、退院の準備をてきぱきとやっているうちに、ふと下腹部に違和感が・・・。手術で切った部分ではない。その近くが痛い。
仕方がないので、ペースを落として、一つずつ無駄のないようにやっていった・・・が、痛い。これまで、手術後、主治医にも看護師にも「下腹部はまったく問題ありません!」と豪語していたのに、これは問題なのだろうか。
主治医の最後の回診があるかもしれず、9時半までベッドで待機していた。が、ないようなので、再び行動開始。退院のためには、診療費の精算を先にしなければならないのだ。1階までおりて、自動機で支払いを済ませ、また病棟に戻った。退院の書類を受け取り、来週の外来の予約も確認して、完全に退院となった。
帰宅は、病院バスと電車を2本乗り継いだ。最寄りの駅ではワイフが迎えに来てくれた。ほぼ正午に、3日ぶりに帰宅した。
サラちゃんが忘れないでいてくれてうれしかった。
昼食は、ワイフが快気祝いだと言って、半島南端のレストランまで行った。料理は抜群に美味かったが、往復、痛みが気になった。昨年の初めての受診のとき、主治医から「手術直後は腫れますよ」と言われたが、この痛みはそれかもしれなかった。あと、尿漏れは改善傾向で、こちらは心配なさそうだった。
入浴はOKだったが、しばらくシャワーにすることにした。雑務をほんの少しだけして、今夜は早めに就寝した。できれば、明日から作家活動を再開したい。
1月23日(金)「色々あってやっと理解する・・・の風さん」
退院してから下腹部が痛い。切った部分ではないので、不思議だ。立っていると痛みが増す。今日は、振り込みの用事があるので、外出する予定だったが、できれば外出したくないと思った。
銀行系アプリは3つあって、相互に振り込みは可能だ。今日の振り込みは、アプリを持っていない銀行で、そこから他へ振り込むので、自宅ですぐにはできない。
そこで、アプリを導入することにした。手順としては、PCでネットバンク操作ができるようにする。次にスマホにアプリを入れると、そのアプリでネットバンクにつながるようになる。ただし、実務としては、PCへのソフト導入は、セキュリティソフトのインストールとセットである。また、スマホアプリの導入もワンタイムパスワード機能とセットなので、手順を覚えるため、解説動画を2回も見た(笑)。
IDやパスワード、秘密の質問と回答など、個人メモにしっかり追加した。すべて順調に終了した。
ところが、いざ目的の振り込みをやろうとしたら、スマホからもPCからもできない。「詐欺から守るため、操作の許可は保留されています」とメッセージが出るのだ。そこで、サポートセンターへ問合せ電話を入れてみた。やっとつながって話を聞いたら、「口座を登録している店舗まで行って、保留解除の手続きをしてもらってください」とのことだった。さらに、オペレータ氏いわく、「解除できても、初めての振り込み操作は、1週間後でないとできません」。そこでピンときた。高齢者の保護のための、念には念を入れた、事前チェック機能なのだ、と。
昼食後、止むを得ず、外出しようとしていたら、義母から電話がかかってきた。ワイフは不在である。義母は不安になるとすぐ娘たちへ電話してくることがわかっている。不安を取り除くため、なんと50分も話相手になってしまった(笑)。
それから店舗まで行って、解除手続きをお願いしたが、やはり思った通り、今回のネットバンク開設と振り込みが、詐欺によるものでないことを確認するのが、先方の目的だった。ここまでやらないと、被害はなかなか減らないのだろう。
結局、ATM廻りをして、実務で振り込み作業をして帰宅したことは言うまでもない。
帰ってコーヒーを飲みながら、下腹部の痛みを思い出しながら、よく考えてみると、体内で切除してつないだ部分が、重力で引っ張られて痛いのだと気付いた。主治医が「手術後腫れますよ」と言ったのはまさにこれで、体内では引っ張られた部分が炎症を起こして腫れているのだ。あらためて観察してみると、外部からでもぷっくりと盛り上がっているのがよくわかった(笑)。
1月24日(土)「フリマが売れた・・・の風さん」
今日こそ作家活動に復帰しなければ、と元気に起床。ストレッチをすると下腹部が引っ張られて痛いので、これはまだ復活できない。朝食後、ルーチンを終えたまではよかった。
入院前にフリマに出品していたものが売れた。それはありがたいことだが、問題は梱包だった。やや大きいので、宅急便になる。自分としては60サイズを想定して価格を決めていた(純利益がやっと出る程度)。
昼食後、その梱包に取り掛かった。適当なサイズの箱がなかったので、プチプチでぐるぐる巻きにし、ぶ厚い紙袋に入れた。ガムテープでしっかり封印するのだが、何度もコンベックスで寸法をチェックする。異形の包装になったため、最大寸法で合計すると60サイズを超えてしまう。やり直して、何とかギリ60サイズにおさまったと思った(ちょっと不安だが)。
こんなに頑張ったのには理由がある。購入者からのメッセージに共感したからだ。具体的なコメントが入っていた。こういうことは珍しい。秋田県在住の方だった。同級生の家の近くのような気がしたので、もう少し限定的な地名を質問したら、隣の自治体にお住まいだった(笑)。
キャメロンで出かけ、コンビニから発送した。月曜日に届くらしい。雪の中、クロネコさん、お疲れ様。想定どおり60サイズなら、純利益は181円になるだろう。そうならなかったら、大赤字だが仕方ない。心の故郷の住人へ送ったのだから。
日が暮れてから長女が里帰りしてきた。迎えに行き、そのまま近所のうどん屋で晩御飯を食べたが、私の手術話にあ然としていた。特に、快適だったモーツァルトを聴きながらの手術は!
1月25日(日)「色々やったけれど・・・の風さん」
目が覚めてカーテンを開けたら、猛烈に雪が降っている。全国的に雪だが、当地も例外にならず雪雲がやってきた。明らかに積もる雪が降っている。これは長年の経験で見ればわかる。
ところが、階下でカフェオレを淹れて飲むころには、雪はやんだ。庭の梅はだいぶ前からつぼみがふくらんでいる。この程度の雪では何の影響もない。
昼食時、近所でオープンしたパン屋さんからワイフが買って来たパンを3人で食べた。本格的なパンで、味も品ぞろえも申し分ない。問題は、表通りに店舗がないことで、まだSNSも利用していないらしく、これでは地元以外の客を呼び込めない。表通りも、春に開通する新しい道路が利用されるようになると、さらにこの周辺は観光客が通らなくなるので、非常に不利だ。知人ではないが、地元のことなので、大いに気になる。
夕方、長女を名古屋へ送りついでに、2月末で閉店する名鉄百貨店へ買い物に行った。短時間だったが、長女が欲しい品物を見つけたのでプレゼントした。レストランで食事し、マンションまで送り届けてから帰宅した。
結局、降雪は朝だけだった。
色々やったが、同じことがこれから何度もできるわけではない。先の見通しが暗いというのは、よくないことだ。
1月26日(月)「ポリープ切除結果・・・の風さん」
昨年暮れの大腸ポリープ切除。年明けから別の手術に集中していたので、生体検査の結果確認が残っていた。
10時5分にキャメロンで出発し、病院へ着いたのは11時半の予約時刻だった。クルマの多さは相変わらずで、現役世代の大変さをいつも感じる。かつてドイツをクルマで走った時、都市内はともかく、郊外の道路はどこも牧歌的な眺めで、ドライブは最高に楽しかった。こんな経験は日本国内では、よほど地方へ行かないと味わえないだろう。
生体検査結果はたぶん「良性」だろうとタカをくくっていたが、それほど完璧な内容ではなかった。今回ポリープは2つ、部分的な生体取得もあったそうで、その部分的なところに問題があった。腸壁がビラン(カルテにerosionとあった)しているところが多く、隠れたポリープの発見が難しかったという。それでも、怪しい部分をちょっとだけ生体取得してみたら、埋もれたポリープで、現在はガンではないものの、ガン化する可能性のある線種とかいうもので、本当なら切除すべきだったそうだ。こういった怪しい部分が、ビラン部分に散見されたため、今年も内視鏡検査を受けた方がよいと助言されたので、了解した。
やれやれ。老体は、確実に棺桶に接近している。
年明けの手術の後遺症(腫れや痛みなど)がまだ残る中、やや遠出したので、疲れてしまった。
フリマ出品が購入者に届いて、売り上げが確定した。予想と若干違って、純利益は162円だった。購入者とはまだつながっている。お互い匿名だが、良い関係が新たにできる可能性があり、楽しみだ。
1月27日(火)「先週の術後も順調・・・の風さん」
ややこしいが、先週の手術・退院後の最初の診察で、地元の大きな病院へ行った。手術から1週間というタイミングになる。
あらかじめ予約してあったこともあり、真っ先に呼ばれた。主治医とは会話がポンポンと進む。会社員時代の後輩との会話を思い出す気持ちの良さだ。おそらくその根底には、同じ科学者、技術者といった思考があると思う。理念、観念といったイメージではなく、事実と理論に基づいたコミュニケーションだからだ。
退院後の痛みは、やはり主治医が最初に言った「手術すると腫れますよ」だった。内部で炎症が起きるので、外見的にもふくらんでいて、痛い。切開した表面はそれほど痛くないが、皮膚が引っ張られれるから痛い。これは単純なこと。予想通り「痛み止めを出しましょうか」と聞かれたが、「大丈夫です」と断った。
手術中に焦げ臭いにおいがしたことについても質問した。回答は予想通りだった。主治医の説明はさらに詳しく「出血したところを電気メスで焼いたりもします」とのこと。一種の止血だろう。
経過は順調だが、来月もう一回受診となった。こういった徹底ぶりも信頼を感じる。
帰りにGSで灯油を購入した。気分は上々。
昼食前、歩いて投函に行った。昼食後、ドラッグストアにまとめ買いに行った。少しずつ日常に戻るのだ。
1月28日(水)「広重・・・の風さん」
この間、新聞に、浮世絵の名所江戸百景の作者のことが書いてあった。記者は安藤広重だと思っていたが、現在は歌川広重が定説だったという。江戸時代を専門とする私としては、捨てておけない記事だった。
昭和51年に出版された『名所江戸百景(一)(二)』を持っている。早速、書斎から引っ張り出して確かめてみた。
ぎょぎょーん! 本の中のどこを見ても、広重としか書いていない。安藤も歌川もない。浮世絵の落款も廣重だ。
電子辞書を見ると、安藤広重⇒歌川広重と誘導されている。
このへんの経緯をAIに質問してみたら、詳しく教えてくれた。結論だけ転記すると、以下のようになる。
なぜ「安藤広重」が長く使われたのか?
本名を重視する歴史教育の流れ
浮世絵研究がまだ体系化されていなかった
画号の理解が一般に浸透していなかった
しかし研究が進むと、
「本名+画号」は不自然で、浮世絵師としての正式名は「歌川広重」である
という整理が確立しました。
AIが指摘する「本名を重視する歴史教育」の中で学生時代を過ごした私は、すぐに安藤広重と頭に浮かんでいた。
いやあ、勉強になるなあ。
今日はかかりつけのクリニックへ行き、昨年末の大腸ポリープ切除から先週の入院手術までしっかり説明してきた。
1月29日(木)「スニーカーローファーだって・・・の風さん」
今日は一年に一度、ツムツム遊び放題の日だ。毎年のように期待に胸をふくらませながら、がんばってみるが、そんなにたくさんやれるものでもないし、やり過ぎるとかえって成績は悪いし、疲労も蓄積する。世の中、うまそうな話は詐欺が多い(笑)。
ということがわかっているので、今日は、執筆を最大の目的に、ポモドーロテクニックを駆使し、休憩時間に雑務や遊びをおこなうことにした。
ということで、昨日に続いて、ここでは雑談を一発。ネットニュースに、男性用シューズで、スニーカーローファーが人気だと出ていた。外見はビジネスでも使えそうだが、靴底がスニーカーと同じで歩きやすいと言う。あまりの人気沸騰で、手に入らないらしい。写真を見たら、これ持っているのとソックリだ、と思った。
社会人になってから、使用目的別に靴は複数用意するようになった。10年以上前に、ビジネスでもカジュアルでも使えそうなシューズを見つけて買った。ブランドはゴルフ。黒の革靴だ。講演やセミナー講師のときに多用している。カジュアルでもスーツでもマッチする。ネットニュースを見て何となく得した気分(笑)。
明日から待望のサンルームのフローリングの塗装工事が始まる。手術の後遺症はまだ癒えていないが、とにかく実行する。早めに就寝することにして閉店モードに突入。ポモドーロテクニックはすばらしいが、執筆はそれほどはかどらなかった。
1月30日(金)「塗装工事がスタート・・・の風さん」
年初にやりたかったサンルームのフローリングの塗装。日光が当たる出入り口付近が特に劣化していて、塗装の下の生地が見えているほどだった。サンルームはワイフのトールペインティング関係を中心に荷物が一杯なので、移動させるためには、日程調整が大変だったのだ。
午前中に移動させてしまおうと考えた。午後はおそらくダウンから始まる(笑)。
休憩をはさんで密度の高い移動作業だった。驚きだったのは、長年日光が当たらなかったところが、物を移動させたことによって、本来のフローリングの色が現れ、想定とまったく違っていたことだ。
劣化した部分の観察から、木材の生地に近い色だと思い、塗料はメープルを選択したのだが、当初の色はライトブラウンかダークブラウンだった。ま、仕方ない。元通りにするのが目的ではなく、劣化を止め、少しでも見栄えが良くなればいいのだ。
広くなったサンルームに掃除機をかけ、ウェットタイプのモップで汚れを取った。が、これも完璧にきれいにするのは困難だった。
ツムツムの12周年イベントを気にしながらも、何とかポモドーロテクニックを駆使して、執筆も進めた。
明日は、フローリングの塗装なので、早めに閉店して就寝した。手術の後遺症は少しずつ良くなっているが、あと数日で元通りというのは無理みたいだ。そもそも自分の肉体も、サンルームのフローリングと同様に、あちこち劣化している(笑)。
1月31日(土)「色塗装とクリア塗装・・・の風さん」
朝食前に、サンルームのフローリングに念のため掃除機をかけた。
朝食後、塗装に取り掛かった。道具類はすべてそろっている。特に、今回の新兵器はイタバケだ。刷毛でカッコよく塗りたいが、実はむずかしい。職人さんでなければ、きれいにできない。YouTubeを見ても、素人は皆、イタバケのお世話になっている。
側板の色あせた部分は小さな刷毛で塗った。
それからイタバケだ。水溶性の塗料なので、服装もマスキングも省略した。汚れたらウェスで拭けばいい。
やはりメープルでは色が薄く、全体にムラが出た。仕方ない。用意した塗料も少なくて、2度塗りは無理だった。まあ、購入した塗料のラベルにも1度塗りと書いてあるから、これで良しとしよう。
気温が20℃では感想は1時間とのことだったが、冬期で一桁の温度しかないので、次のプロセス、クリア塗装は昼食後にした。
クリア塗装も水溶性なので、要領は午前中と同じ。ただし、こちらは2度塗りを推奨しているので、夕方日暮れ前に2度目の塗装をした。艶が出て、色むらが目立たなくなった。とは言え、次回のチャンスがあれば、ライトブラウンかダークブラウンにしよう。
就寝前に開放してあった窓を閉めた。サラちゃんが入れるのは明日だな。
屋内の計画工事がまた一つ出来て、満足だ。あと荷物の復元は、ワイフの都合がつく来週となる。
手術の後遺症も少しずつ良くなっている。こちらもいい調子だ。
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